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2007-12-20(Thu)

生まれて初めて「ポルトガル料理&ワイン」なるものを味わった。銀座のヴィラモウラというお店。ヴィラモウラは南ポルトガルのリゾート地で、サッカー選手Figoのカフェがあるところなんだそうな。ちなみにぱぴのこはFigoが好きだ。あの渋さと濃さがたまらん。あと好きなサッカー選手と言えばロナウジーニョ。あの華麗な足さばきとスピードがイイ。二枚目じゃないところがまたイイ。

で、初ポルトガル料理は、シンプルでなんとも優しい味だった。前菜、サラダ、チーズのパン(ポンデケージョ)、タラとじゃがいものコロッケ、豚のスペアリブのカタプラーナという鍋料理のコースとワインを2杯頂いた。料理には随所にこっそりハーブが効いていて、ふとした時にコリアンダーがそ~っと顔をのぞかせたのにはちょっと驚いた。揚げ物やサラダのドレッシングにはオイルを使っているのに、ちっとも油っこくなくてほんとにさっぱりしていて、余計な味付けはせず塩ベースの味はとっても心地よかった。

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ワインは種類が豊富で何が何だかさっぱりわからなかったけど、たまたま選んだのが当たりだったのか赤も白もすごく飲みやすかった。ふだんお酒はあまり飲まないしお酒が特に好きなわけではないぱぴのこだが、また飲んでみたいと思えた。白は友達と別々の物を頼んで見たのだが、私のは微炭酸でサラサラ~っと爽やかな飲み心地、友達のはブランデーのような濃厚さとぶどうの甘さ、最後にキャラメルシロップの香りが鼻から抜けるという不思議なワインだった。

20071221013630.jpg

自分でもポルトガル料理を作ってみたい、もっとポルトガルワインを飲んでみたい、純粋にそう思えたひとときだった。そして何よりも、友達との久々の再会のさりげないサポートにぴったりの料理とワインだったのではないだろうか?

ポルトガルという国を意識して気にするようになり、いつか必ず行こうと思うようになったキッカケは、Dulce Pontesの「O Primeiro Canto」。タワーレコードの視聴コーナーに並んでいたジャケットに惹かれて視聴、強烈なパンチを食らいソッコー購入した。アルバムがリリースしたばかりの年だったから2000年あたりだったはず。これがFadoを音楽として聴いた初めての体験だった。

ポルトガルの民族歌謡Fado、この言葉を初めて耳にしたのは小学校の頃だろうか?母親が聴いていた久保田早紀のアルバム「夢がたり」中の「ギター弾きをみませんか」でだった。このアルバムにはあの有名な「異邦人」が収録されているが、私は当時からこのアルバムの最初から最後までの全曲が、一筋の流れとして、物語のようでとっても好きだった。以来なんとなく気になっていたFadoに、Dulce Pontesのアルバムで出逢った。そして彼の地でFadoを聴きたいと心底思った。

次のパンチは、2006年4月20日に観たNHKの番組。「世界ふれあい街歩き」でポルトガルのリスボンを紹介していて、中でも激しく感動したのが「本の修理屋さん」の部分。当時のブログにも書いたけど、リスボンの本の修理屋さんをきっと訪れようと思った。

しかし、いつか訪れたいと思い続けながらも、実現に向けて具体的に動いてはいない。ただ漠然と「いつかきっと」と思っているだけの日々が続いている。ポルトガルの他に、同じベクトルで想い続けている国がふたつあって、それはモロッコとエチオピア。ぱぴのこの急所にこれまた強烈なパンチを食らわした国々だ。

モロッコの初パンチはBrian Jonesの「The Pipes of Pan at Jajouka」。家に遊びに来た友達が持って来たCDを聴いてノックアウト。1995年頃だった。このアルバムは、モロッコ北部リフ山塊の村Jajouka(ジャジューカ)の伝統音楽をRolling StonesのギターリストBrian Jonesが録音し、彼の死後リリースされたもの(1971年にLPリリース、1995年にCDリリース)。トランスミュージックのひとつと見なされたりもするようで、確かに呪術的でエキゾチック。ぱぴのこ的には心が弱っている時には聴けない、強すぎるパワーが溢れるアルバムだが、その強烈さがまたシビレルのである。

そしてモロッコの第二パンチはJajoukaの1~2年後、マレーシアはクアラルンプールの本屋で偶然目にしたモロッコの写真集。モロッコ独特の青色(なんとかブルーという名前があるらしいが忘れた)がテーマの写真集で、例えば家の扉や伝統衣装の中などに活きているその色を写していた。そのブルーはなんとも言えず猛烈に美しく、生まれて初めて目にした鮮やかなブルーだったことを記憶している。その写真集を買おうかどうか迷って結局買わなかったけど、その後あちこち探しても見つからず、今では最初見つけた時に買わなかったことをものすごく後悔している。なんとか探し出したい...

エチオピアの初パンチは、逸見庸の「もの食う人びと」だった。その中でエチオピアでのコーヒーにまつわる章を読んで、これはなんとしても彼の地でコーヒーを飲まねば!と思ったのだった。エチオピアでのコーヒーはただの嗜好品ではなく、コーヒーを飲むということが儀式に近いような意味を持つようで、その過程を自らの目と鼻と舌と皮膚を持って感じてみたくてたまらなかった。1998年あたりだったろうか?

次のエチオピアパンチは、何かのテレビ番組で見た「ラリベラの岩窟教会群」。これを見た時は感動もしたけど、とにかくすごく驚いてしまった。それまで見聞きして知っていたキリスト教の教会のイメージとはあまりにも違っていたのだ。エチオピアはアフリカで唯一植民地化されなかった国であり、それがゆえに独自のキリスト教が根付き発展したという。このような事実にもなぜかたまらなく魅力を感じる。

ポルトガル、モロッコ、エチオピア。一見はっきりした共通点はなさそうに見える。でもぱぴのこにとって、この国々は同じベクトルの背骨感覚でつながっている。それにしても、なぜこの3国なんだろう?他にも色んなキッカケで色んな国々のことに接してるのに、なぜよりによってこのみっつの国にこれほど惹きつけられるのだろう?その答えを得るには行ってみるしかない。でも、行ってみたとしてもその答えが得られるとは限らないし、必ずしも答えが必要ではないのかもしれない。重要なのは、自分がこれらに激しく惹かれているという事実ではないだろうか?だからその事実、感覚に忠実でありたい。

人はなぜ、ある特定の事、物、人などに対して特定の興味を持ち惹きつけられるのだろう?それは、人として生きて行くために、人としての生を全うするために必要だからなのかもしれない。何かに、誰かに惹かれるからこそそこに近づきたいと思うし、近づきたいという想いがその人を前進させる力、そこに向かうための道しるべ、灯になるのではないだろうか?何かに向かう興味がなければ、空虚に包まれ、暗闇の中ただ佇み続けるだけになってしまう...

色々と辛いことや苦しいこと、悲しいこともあるけれども、それは人生の一部であって全てではない。自分に絶望し押しつぶされそうになることもあるけど、希望の灯は完全に消えることはない。生きている限り、自らその灯を消すことはできないから。生こそが、自らの灯だから
ぱぴのこ

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